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11年06月号
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女性も働ける☆男性も子育てできる
 昨年12月に閣議決定された第3次男女共同参画基本計画は、82項目の「成果目標」を設定し、具体的な施策を打ち立てていくというものです。その計画で私たち働く女性に関係する分野を左にあげてみました。職場で推進のためおおいに注視していき、将来の希望につなげていきましょう。

◎25歳〜44歳までの女性の就業率
 66%(平成21年)
 73%(平成32年)

◎6歳未満の子供を持つ夫の育児・家事関連時間
 1日当たり60分(平成18年)
 1日当たり150分(平成32年)

◎週労働時間60H以上の雇用者の割合
 10%(平成20年)
 5割減(平成32年)

◎年次有給休暇取得率
 47.4%(平成20年)
 70%(平成32年)

◎第1子出産後の女性の継続就業率
 38%(平成17年)
 55%(平成32年)

◎男性の育児休業取得率
 1.72%(平成20年)
 13%(平成32年)

◎メンタルヘルスケアに関する措置を受けられる職場の割合
 33.6%(平成19年)
 100%(平成32年)

◎次世代認定マーク(くるみん)取得数
 920企業(平成22年)
 2,000企業(平成26年)


メーデーでアピール

 「大震災被災地支援・復興を」「ルールある経済社会を」と働く仲間に連帯し茨城県中央メーデーが水戸で開催されました。2回目の参加となる電機ユニオン茨城支部は「日立工機は希望者全員を再雇用せよ」のチラシを配布。団体アピールでは横断幕を掲げ再雇用の早期実現を求めたたかう決意を語りました。日立懇も団体旗を手に参加、デモ行進しました。


原子力発電から撤退を

 日立製作所の中西宏明社長は東日本大震災後マスコミのインタビューに応じ、福島第一原子力発電所の事故を踏まえて、2030年までに世界で38基の原発を新設する事業計画について「見直さないといけない」と明言しました。
 そのうえで、将来については「原子力をいっさい使わないことはありえない。原発をあきらめることは考えていない」と強調。原発を成長の柱に掲げ続けると述べました。
 また、福島の事故にともなうメーカーとしての賠償責任については、「反省点はゼロではないが、国の基準に従って設計しており考えていない」と断言しました。
 しかし物を作るだけでなく、廃棄方法まで含めて提供するのが、現代のメーカーの責任です。原子力発電についても、最終的な廃炉と、放射能汚染が無くなるまでのプログラムを提示する必要があります。それができないメーカには、原子力発電所を作る資格がありません。
 また人身事故は、どのような理由であれ、製品にとってあってはならないものです。日立では「死にざま試験」を行い、製品が最終的に破壊される場合でも、人身事故にならないよう注意してきました。原子力発電が、その例外であって良いわけはありません。安全を保障できない原子力発電は、撤退以外に道はありません。


●ストレス解消法
 ・・・・・・
 仕事が早く終わったり休みの日には古着屋に行きます。気持ちが明るくなったり、自分らしくいられるようなスタイルをイメージしながら、時間も値段も忘れて服を見ます。第一印象と試着を大切にして好みのものを探します。仕事で煮詰まったときなどは、好きなことに没頭することでリフレッシュされます。普段着も仕事着も50〜1000円くらい。給料が多いわけではありませんが、買い物と服が好きなので、安く楽しめて気に入っている趣味です。


●今回のボランティアは仲間の熱意に載せてもらう形で参加し、津波にのまれた市街地を見て、家族や生活の基盤を失った方のお話を聞かせていただくことができました。
 津波で母親と仕事を無くした若い女性は「初めは悲しかったけれど、今はボランティアの皆さんが来てくれたりして嬉しい」、ホタテ養殖の仕事場を目の前で流されてしまった方は「みなさんは若いから先を考えられるけれど、私たちはとても…」、お話の中で陸前高田市でも海に近い地域は、津波の意識が高く高台へ逃げて助かり、海から離れた所で亡くなられた方が多いとも聞きました。直接お話しを伺うことで、被災状況や心情、将来への希望などは千差万別で、生身の人間がいると実感しました。
 参加当初は、家族や財産を無くした方々の苦しみを代わることはできないと無力感もありましたが、炊き出しを一緒にさせてくださったお母さん方や、流木広いを見ていた地元の方などから「ありがとう、お疲れ様です」と、深々とお辞儀をしていただき、これで良かったんだと思いました。被災地の実態を肌で感じ、自分の立ち位置を捉え直すことができた旅になりました。
(Aさん)

●ボランティア活動2日目、陸前高田市の海岸で清掃作業を行いました。水が透けるほど綺麗で岩場に松が生え、日本画風のような景色です。
 30〜40人のボランティアで木屑やプラスチック、4〜5m以上の長さがある木材などを道路脇まで運びました。みんなで力を合わせて大木を運ぶのが楽しく一体感が生まれました。地元住民の方々が海岸に見に来られ「砂浜が昔の半分の面積になってしまった。でもキレイにしてくれたおかげで子供たちもここで遊べるようになるかしら」とおっしゃっていました。活動から帰る時も丁寧に挨拶され、深く感謝された事に驚きました。
 この日の活動によって海岸が綺麗になった事と、地元の方々と心を通わせた事、これらだけでもボランティア活動の意義を実感します。そして美しい海岸が元に戻り再び見に行ける日が来るよう、今後も活動を続けたいと思います。
(Bさん)

●ゴールデンウィークに被災地に行ってきました。津波の被害を受けた地域は、未だに水で浸水していたり、大変です。まさしく廃墟と瓦礫の山になっていました。特に市街地の状況は深刻です。ネットで調べたりした感じと比較しても、実際に見ると改めてショックを受けました。
 是非とも、年休を取って被災地支援に行きたいのですが・・・僕の仕事。またもや忙しくなってきました。通常通り工場は操業しています。この機会に、ボランティア年休など制度の拡充が求められてもいいのではないでしょうか?。
(Cさん)

●友人の誘いで福島県の災害ボランティアに参加しました。「自分のような素人が行くと逆に迷惑になるのではないか」という心配もありましたが、初めての人は講習を受けることができ、作業時の注意点や被災者と接する際に配慮すべき事などを教えてもらえ、作業に適した服装や装備があれば、初心者でも全く問題ないことがわかり安心しました。
 私が行ったのは被災した家屋のガレキと土砂の撤去作業でした。慣れない力仕事で大した働きはできませんでしたが、家の方には大変感謝していただけたので、微力ながら、お手伝いができたのではないかと思います。
 しかし、現地の被災状況を目の当たりにし、実際に被災者のお話を聞くと、テレビが伝えている状況よりもずっと深刻でした。津波により辺り一面がガレキの山と化して未だ手付かず状態の地域があり、全ての地域の復興にはまだまだ大変な時間がかかることを知りました。
 現地まで行く手段があれば、ボランティアに参加することは簡単で、継続した活動が求められているので、今度は別の友人を誘って参加しようと考えています。
(Dさん)

●休日を利用して、震災の被災地でのボランティアに参加しました。少し内陸の市街地は、コンビニ等は普通に営業しており、通常の生活に戻って来ているように見えました。しかし沿岸部は、津波に破壊された家屋や工場などが延々と続いており、一番海岸に近い所はまだ手つかずの状態だという事でした。それでも、被害が軽かったお宅では今後も自宅に住み続けたいという希望が強いようです。
 私はボランティアセンターに集まった方達とグループを作って、住宅の通路に溜まった瓦礫の撤去作業を行いました。私たちが担当した作業は半日程で完了しましたが、辺りの見渡す限りの瓦礫の山が片付くのはいつになるのだろうと、気が遠くなる思いがしました。
 帰ってきてからツイッターなどでボランティアセンターの状況を確認するようにしていますが、まだまだボランティアの数が足りないようです。私もまた参加したいと思います。
(Eさん)


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